事務職員は楽で高収入というイメージで目指す人もいるかと思います。決してそれを否定するわけではありませんが、それだけが志望理由だと入職できたとしても長続きしない可能性があります。人生の大半の時間を費やす仕事だからこそ、本当に意義を感じて取り組めるものを選びたいものです。ここでは、事務職員が果たす役割と使命という角度から「なぜ事務職員なのか」を改めて考えてみます。
「子どもが好き」だけでは長続きしない
志望動機の一つとしてよく挙がるのが「子どもが好きだから」です。学校や大学は確かに子どもや若者の成長に深く関わる場ですが、事務職員が学生・生徒と直接接する機会は、教員や教授と比べると圧倒的に少ないのが現実です。
さらに、自分の姪や甥を思い浮かべて「子どもが好き!」と感じていても、大学生ともなれば対応はドライなことも珍しくありません。また、昨今ではプライバシーへの配慮から学生と必要以上に親しくすることも難しくなっています。高校や中学の事務職員であっても、日常的に生徒と交わる場面は限られています。
「子どもが好き」という動機は、理想と現実のギャップに直面したとき、大きな落胆につながりやすいのです。そのギャップを乗り越えられるかどうかを、志望する前にしっかり自問しておくことが大切です。
建学の精神に共感し、その理念を世界に広げる
面接でよく耳にする「貴学の理念に共感しました」という言葉。形式的に述べるだけでは確かに薄く聞こえますが、建学の精神を志望動機の核に据えること自体は、決して間違っていません。
私立学校における建学の精神は、その学校の根幹をなすものです。日々の業務のさまざまな判断や意思決定においても、この精神は大きな拠り所となります。私学人として建学の精神を尊重することは、単なる義務ではなく、働く意味そのものと言っても過言ではないでしょう。
視点を少し変えてみましょう。大学や学校が学生・生徒の募集に力を入れる理由は何でしょうか。「収入を安定させるため」という答えは現実的ですが、もっと本質的な動機があります。それは、建学の精神を理解・体現できる人材を社会へ多く送り出すことです。創立者の理念を現代に継承し、社会に広めていくために学生・生徒の確保は欠かせない。そう考えると、入試・広報・学生支援といった事務業務が、いかに学校の使命に直結しているかがわかります。財政的な安定はその結果としてついてくるものです。
教育は社会の繁栄を左右する根幹である
教育はもともと、福祉の延長線上に生まれたものです。近代教育制度の歴史を紐解くと、「学習権(教育)」と「生存権(福祉)」の一体性は明らかです。
逆に考えれば、教育を変えることで社会を変えられるということです。格差が拡大する現代において、持たざる人々が一層困難な状況に追い込まれている現実があります。社会全体が一定の水準へ引き上げられていくためには、教育の力が不可欠です。
特に私立学校の特色ある教育・独自性の高い教育は、公教育では届きにくい価値を社会に提供できます。私学人として、「教育を通して社会を変えていく」という気概を持つことが、事務職員としての長期的なモチベーションを支える力になるのです。
- 「楽で高収入」だけでは入職後に燃え尽きやすい。長く働ける動機かを自問しよう
- 「子どもが好き」は純粋な動機だが、接触機会の少なさという現実とのギャップに要注意
- 建学の精神への共感は、事務職員の業務の意義を深める正当な志望動機になり得る
- 教育を通して社会を変えるという視座を持つことが、働き続ける力になる